有機反応化学分野
人類が豊かに生存し続けるために必要不可欠な物質である医薬品や機能性材料の多くは、有機分子から成り立っています。これら日常生活と密接に関わる「価値のある有機分子」は、さまざまな形・大きさの有機分子を化学反応によって組み立てていく「有機合成」によって、生み出されてきました。私たちの目的は、環境負荷の少ない試薬やエネルギーを活用した化学反応により、価値のある有機分子を、レゴブロックのように思い通りに組み立てていくことです。私たちは、環境負荷の少ない小さな分子からなる「触媒や反応試薬」を用いて、化学反応の一種であり、有機合成を革新する可能性のある「ラジカル(不対電子をもつ原子や分子)反応」を制御する技術を開発し、価値のある有機分子をつくりだしてきました。この技術は、創薬現場において、医薬品候補化合物の合成に積極的に使用され、創薬研究を加速しています。
教員
- 教授:大宮 寛久
研究内容
分子性触媒反応の革新
有機触媒(有機小分子からなる触媒)を用いた反応開発は、2021年のノーベル化学賞(不斉有機触媒の開発)にも明らかなように有機合成の強力なツールとして認知されていますが、そのほとんどが有機分子の酸性、塩基性、水素結合などを利用するイオン反応です。一方、不対電子が支配するラジカル反応は、ラジカルの反応性が高いため、その制御は極めて困難でした。私たちは、ラジカル反応を精密に制御する有機触媒を合理的に設計し、数々のラジカル反応を開発し、これまで到達困難とされてきた、高い付加価値をもつ有機分子の効率的合成に繋げました。
創薬研究に貢献
アンチセンスやsiRNAに代表される核酸医薬品は、一般的に十から数十個のヌクレオチドから成るオリゴヌクレオチドであり、化学反応により製造されます。ヌクレオチドの構成成分である、糖の環骨格・ホスホジエステル基・核酸塩基を化学修飾(官能基化)することは、新しい核酸医薬品の創出に繋がります。しかし、複雑かつ混み入った構造をもつ、糖の環骨格・ホスホジエステル基・核酸塩基それぞれのユニットを効率的かつ選択的に官能基化することは、依然として困難を極めます。私たちは、光エネルギーを用いたラジカル反応により、これらユニットを効率的かつ選択的に官能基化し、計30種類以上の新しい化学修飾核酸をつくりだしました。
生命科学研究に挑戦
ケージド技術は、生物機能分子に対して、光分解性保護基を連結し、一時的に不活化した分子を活用するものであり、イメージングのような生命科学(ケミカルバイオロジー)研究に幅広く活用されています。しかし、これまで開発されてきた、ケージド技術は、光照射により、ヘテロ元素官能基が切り出される設計のため、その適用が、ごく一部の生物機能分子に限られていました。私たちは、可視光により炭素-ホウ素結合が切断されてラジカルが生じる有機ホウ素分子を光分解性保護基として活用することで、分子骨格上の炭素を起点としたケージド技術を開発しました。炭素は全ての有機化合物に含まれるため、従来の構造制限を取り払うと期待されます。たとえば、これまで実現困難であったアセチルコリンのケージド技術を開発し、生細胞条件およびハエの脳を用いたex vivo条件で自在にアセチルコリン濃度を制御することに成功しました。